高校球児の健康よりも甲子園開催優先?改善すべき問題と解決策は
「高校球児の命」より「夏の甲子園」が優先されていいのか…いますぐ高野連が取り組むべき3つの問題 福岡県で起きた死亡事故は決して偶然ではない - PRESIDENT Online 「高校球児の命」より「夏の甲子園」が優先されていいのか…いますぐ高野連が取り組むべき3つの問題 福岡県で起きた死亡事故は決して偶然ではない PRESIDENT Online (出典:PRESIDENT Online) |
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■なぜ福岡の高校球児は練習中に死亡したのか
5月3日、福岡県立太宰府高校(福岡県太宰府市)の野球部員が、久留米市で行われた他校との練習試合中に打球を受けて死亡するという痛ましい事故が起こった。
西部読売新聞朝刊(5月17日)によると、死亡した生徒は投手で、ピッチャーライナーを胸部に受けて倒れ、病院に搬送されたが助からなかったという。
対戦相手や細かい状況など事故の詳細は明らかにされていないが、筆者はいまの高校野球界において、命や健康に対する問題意識が薄れている象徴的な事故ではないかと思っている。
■ケガとのリスクとの戦い
「硬式野球」というスポーツに使用する硬球は、コルク材などを芯にして木綿糸を固く巻いて作る。中空ではなく、中までぎっしりと中身が詰まり石のように硬い。重さ約140gの球が時速100キロ以上のスピードで常時飛び交うのだ。どんなに注意をしても死亡事故を根絶するのは厳しい。ただ、それを限りなく小さくしてきたのが野球の歴史といえる。
1920年8月16日、メジャーリーグのインディアンスのレギュラー内野手だったレイ・チャップマンはヤンキースのエース、カール・メイズの球を頭部に受けて死亡している。当時、メジャーでは打者は布製のベースボールキャップを着用していたが、この事故が契機となってヘルメット着用が推進されるようになった。
日本野球では、1939年8月19日、伝説の大投手・沢村栄治の球も受けた名捕手・久慈次郎が、打席に立った際に捕手の二塁への牽制球がこめかみに当たって昏倒。病院に運ばれるも2日後に死亡した。この事故を経て、日本野球でもヘルメットを着用するようになった。
■高校野球の事故のリスクが上がっている
1969年3月14日、西鉄ライオンズの新人投手、宇佐美和雄は、夜、雨天練習場での練習中に同僚選手の打球を胸部に受けた。宇佐美は、一度は立ち上がったものの再び倒れて、病院に搬送された後、外傷性ショックで死亡した。18歳だった。生きていればドラフト同期の東尾修と共にライオンズの投手陣を背負ったのではないかといわれた逸材だった。
頭部に打球が当たった場合には陥没骨折、脳の損傷など致命的な損傷を負うこともある。
しかし胸部に打球が当たった場合はAED(自動体外式除細動器)などを適切に使用すれば、一命をとりとめることもある。宇佐美選手もAEDがあれば一命を取り戻せたかもしれない。
2006年7月9日、新潟県糸魚川市の小学生の水島樹人君は、少年野球の試合前に急性心不全で倒れ、わずか9歳で亡くなった。
ちょうど同時期に新潟からBCリーグ構想が生まれていた。当時の代表は「樹人君の悲劇を繰り返さないために」と、“MIKITO AED PROJECT”を立ち上げ、現在でもAEDの普及活動をリーグ全体で行っている。
こうした働きや、サッカーなど他競技の影響もあり、現在では少年野球からプロ野球までほとんどの野球の現場でAEDが完備されている。柔らかいゴムボールを使う小学校低学年や未就学児の野球教室でさえもAEDの設置と傷害保険への加入は必須の条件になっている。
また全国で行われている少年野球チームを対象とした野球肘検診では、AEDの操作法の講習会を行っているところもある。学校単位、チーム単位でAEDの講習会を行うことも増えてきた。
また、野手と走者が接触する激しいプレーも格段に減少した。プロでは2016年からルールが制定されており、少年野球でも厳しく罰せられるようになっている。
選手の命を守るための環境整備は、以前とは比較にならないほど進んでいる。ただその流れと逆行するように、高校野球ではむしろ今、「球児の事故、健康障害のリスクは近年高まっている」という声が現場から上がっている。
■改善されない金属バット問題
ひとつ目は「飛びすぎる金属バット」の問題だ。
金属バットは主として日本とアメリカで使用されているが、アメリカでは反発係数が木製と同じ程度になるバット「BBCOR」仕様のバットしか使えないことになっている。これに対し、日本の高校野球は反発係数の高い金属バットを使用している。
ここ数年、有力校では筋トレやプロテイン摂取など食事療法による筋肉増強が進み、主力打者の打球速度はさらに上がっている。
2019年のセンバツ大会では、広島商の選手が打った打球を岡山学芸館の投手が顔面に受け「左顔面骨骨折」の重傷を負った。
日本高野連は来年度からバットの太さを見直した金属バットの導入を決めている。しかし以前のコラムでも指摘した通り反発係数の数値は測定されていない。反発係数を計測していないので、本当に金属バットの安全性が高まるのかは現時点では不明だ。
■9年間で4分の3に減った高校球児
さらに、そこに「実力格差」の問題が出てくる。これが2つ目の問題だ。
硬式高校野球の競技人口は、2014年の17万312人をピークとして減少の一途をたどり、2022年は13万1259人と9年で23%も減少した。今年は13万人を切るのではないかといわれている。
100人近くの部員を擁し、全寮制で専用練習施設を持ち、全国から有望選手が集まって、連日猛練習をする強豪校がある一方で、合同練習は週1回程度、9人そろうこともままならないような連合チームもある。
2012年夏大会から日本高野連が「連合チーム」の参加を認めたことで、公式戦で、こうした対照的なチームが対戦することが出てきた。
そうした試合を担当した審判員は「強豪校の放つものすごい打球が素人同然の相手選手の横をすり抜けている。プレーの強度にも大きく差があり、勝敗以前にケガをしないかひやひやする」と漏らす。実力格差が開く一方で、金属バットによる事故の可能性はさらに上がっている。
部員が死亡した福岡県立太宰府高校の野球部は2007年から夏の甲子園の予選に出場しているが、通算では0勝15敗。一度も初戦を突破していない。練習試合の相手は明らかにされていないが、大きな実力差があった可能性もあろう。
■なぜ猛暑の中で試合をするのか
3つ目は「猛暑」だ。
ボールによるケガのリスクとともに、問題視されているのが熱中症のリスクだ。夏の甲子園の予選は6月下旬からはじまり、7月、8月と続く。昨今の記録的な暑さの中で行われる試合が、選手の健康に及ぼすリスクは高まってきている。
1970年代には年間で30日前後だった真夏日(30度以上)は、2020年以降は50~70日に、2~3日だった猛暑日(35度以上)は、20日前後になっている。昔とは暑さのレベルが違うのだ。
https://www.data.jma.go.jp/toyama/kisyou_data/1_summer_stats1.html
この数年、夏の甲子園のテレビ中継と同時に熱中症警戒情報がテロップで流れ、野外での運動に気をつけるように警告が流れるシュールなシーンも見られる。
夏の甲子園本戦では、両軍のベンチにはエアコンが設置され冷気が送られている。また水分補給の時間も設けられている。しかし、去年の夏の甲子園大会では、序盤から酷暑によるアクシデントが続出した。大会2日目に3選手が担架で搬送され、翌日にも3選手が足をつったり動けなくなる症状を訴えた。
当然ながら、予選をする地方球場のベンチでエアコン設備があるところは限られている。熱中症の症状を訴えるのは選手だけでなく審判もだ。
猛暑は熱中症だけではなく、選手の集中力を奪うため、ケガのリスクも増える。
■指導者の格差
50歳以上の野球指導者に話を聞くと「僕らの時代は、真夏の練習でも体が冷えるといって水を飲ませてもらえなかったのになぁ」と話す。
昭和の時代は、肩肘のリスクを無視して投げ込みをさせたり、試合で負けると罰走と称して球場から学校までなど、長距離を走らせるのも当たり前のことだった。ケガをしたり、故障をして離脱した選手は「身体が弱かった」「根性がなかった」「運が悪かった」と見なされたものだ。
だからといって、それが勝利への常道だと信じ、生徒たちに強いるのは大いに間違っている。
自分の経験値と昔ながらのやり方に固執する人に限って、医療や体のケアの知識も乏しい。
もちろん、正しい知識を持った指導者も多くいるが、指導者の質の格差は高校野球では依然として存在する。
■高野連は本当に危機感を持っているのか
高野連は2020年のセンバツから投手の球数制限を行ったり、甲子園の予選に医師が常駐するようにしているが、上記3つのリスクに対する根本的な解決になっているとは言えない。
甲子園を頂点とする高校野球は、ケガやアクシデントの危険性が増しているのは確かだ。このことに高野連は本当に危機感を持っているのか。
勝利よりも、選手の命や健康を優先していると本当に言い切ることができるのか。今回のような死亡事故が再び起きてしまわないためにも、今一度総点検すべきではないか。
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スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(出典 news.nicovideo.jp)
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